お洋服を買いに

 

 外に出ようとしたところ、捕まえられて髪を括られた。別に顔写真で指名手配などされている訳でもないのだから、そのような事はしなくても良いと言ったのだが、ラキオは「念の為だ」と呪文のように唱えながら、髪を丁寧に丁寧に束ねた。処置中の顔つきを見るに、たぶんラキオは夕里子の真っ直ぐな髪を相手にしてみたかっただけだろう。まるでおもちゃを楽しむ子供の顔をしていた。

夕里子の気に入っているカチューシャは机の上に置かれ、たっぷり時間をかけた編み込みに取って代わられた。服まで着替えさせられて、出かける前に夕里子は少し疲れた。

 挙句の果てにラキオは、少し待てと言いつけて、自分も身支度を整えて帰ってきた。

「コメットはまだ眠い、レムナンは部屋でやりたいことがあるンだと」

 ……付き添いの募集をかけたのだろうか。なぜこの身が一人で出かけられない稚児のような扱いを受けているのだろう?夕里子は顔を顰めた。

「君のためじゃないよ?僕も買いたいものがあるから。ついでさ」

 だとしてもなんだか腹立たしいのである。やったあ嬉しい、なんてことはとても言えやしない。

 

 

 ◇

 常日頃うるさい奴であるが、外に出たとてキチンとうるさい奴である。シャツとカーディガンとジーンズの簡単で大人しい出で立ちの、その口は止まることなく回り続ける。うるさいものをうるさいと指摘するのも面倒で、夕里子はゆらゆら頭を揺らせてラキオの話を適当に流し続けた。

「で?君はどこに行きたい訳?」

「はい」

「はいじゃなくて」

「はい」

「……あぁ、聞いてないな」

「……はい?」

「やっとか。だから、君は何を買いに出たの?僕の買い物との兼ね合いを考えたいから話してくれない?」

「はあ」

 夕里子は少し目を泳がせた。特に考えていなかった。退屈だ、出歩くか、という気持ちだったのだ。ラキオはじっと夕里子を見ながら返答を待っている。夕里子は口元に手を当てて、たっぷり3秒黙り込み、ようやく返した。

「……服を」

「どこの?」

「どこの。」

 ブランドとかは?追い打ちをかけられた。そんなものは知らない。特に考えていない、の意で首を振ると、ラキオは逆に数度首を縦に動かした。

「じゃあ僕の買い物と一緒に済ませてしまおう。いいね?」

「はあ……」

 こっち、と手招きをされる。増えてきた人の中、ラキオは慣れた様子でタクシーを捕まえた。夕里子を先に押し込んで、あとから乗り込んだラキオが何か店名らしいものを言い伝えた。よくわからなかったが、言いづらそうだ、と夕里子は思った。

 

───

 

「ラキオ」

 夕里子は少々うんざりした声で同行者を呼んだ。

相手はホログラム投影を司る端末の前で生返事を返した。楽しげな目が、夕里子と端末を数度行き来して、またアナウンスが響いた。

「投影を変更します」

 さっきまで黒いワンピースだった服がパラパラと散り、また集まる。今度は薄手のニットとベージュのスカートだ。

……さっきも似た服を着た気がする。いや、スカートの形状……ブーツも少し、違う、か?

「ラキオ……」

「ン?」

「もうこれでいい」

「そうだね、それもいい。やっぱり君は白黒が似合うな、あと黄と金。次は黄色で愛らしい系統を見てみよう」

「まだやる気ですか?」

「見てみないとわからないじゃないか?」

 夕里子はため息とともに後方の椅子に座り込んだ。さっきからずっとこの調子だ。着せ替え人形遊びのごとく、メイクも、服も、靴も、コロコロコロコロと投影を繰り返され、もう何十分になることか。店側でこの長時間居座る客を追い出す試みをしてくれないだろうか。

「疲れたろうけどあと少しじっとしてて」

「あら、疲れさせてる自覚はあるのね」

「あるある。あるから立って、早く」

 従わねば解放は先だろう。もう一度ため息をつき、床に記された印の前に立ち直す。すぐさま黒のニットは散ってゆき、白のシャツと黄色のスカートに変貌した。

まあ、悪くない。だいたい悪くないのだが、疲れた。夕里子は言われる前にラキオの前でくるりと回った。回って帰ってくると、ラキオはふむふむと頷きながら笑っていた。

 

───

 

「遅かったです、ね……」

 ドアを開けろとラキオに言われてやってきたレムナンが目を丸くした。その理由は明白だ。運搬役の擬知体が三体、その体にたっぷり袋を抱えていたから。そしてラキオが大変上機嫌ににんまりと笑い、明らかに迫力にかけ、どこかぐったりした夕里子がいたからだ。

「荷物はそこに置いてくれる?そうしたら帰っていい」

「かしこまりました」

 擬知体はそっと大量の荷物を船の前に置いていく。レムナンは、ああ、これ運ぶために僕が呼ばれたんだ、と察した。

「レムナン、これ運ぶの手伝ッ……ああ、気が利くね」

「まあ、はい……」

 レムナンは、手に持てるだけ袋をひっかけた。ちらりと見えた中身は服のようだ。

なんとなく、夕里子が項垂れている理由がわかった気がした。

「夕里子さん、その……お疲れ様、です」

「……」

「それも、も、持ちますから……お部屋戻って良いですよ」

「……気の利くこと」

 いっぱいに袋の下がった腕を差しのべると、ぽんと袋が乗せられた。ああ、夕里子さんが人の施しを突っぱねない……ひしひしと伝わる疲労感に、レムナンは少し同情した。活力に溢れたラキオのペースに、人の8割くらいはついていけない。

「夕里子!部屋戻ってすぐ寝るならこの袋だけ持ってってよ」

 のそ……と歩きかけた夕里子に、ひとつ袋が押し付けられた。服しか入っていないはずなのに、それすら重たそうに見える。大人しくそれを受け取った夕里子は、今度こそフラフラと部屋に向かって歩いて行った。

「何……渡したんですか?」

「ン?ふわふわのパジャマ」

「ふわふわの」

「ウン、パジャマ」

 ラキオの口から「ふわふわ」が出たことと、夕里子の手にそれがあることを、レムナンは小さく頷きながら眺めていた。着るのだろうか?彼女が、ふわふわのパジャマに身を包む……微妙に想像がつかなかった。

「レムナン」

「はい?」

「これ君のね」

「え、ありがとう、ございます……」

 袋を覗き込むと、カラフルなふわふわがそこにいた。

「あっ、これ……ふわふわの」

「ウン。パジャマ」

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